社会科教科書の検定基準改悪に関するパブリックコメントについて
子どもと教科書全国ネット21が次のような声明を出しています。
長いですが、是非読んで、パブリックコメントを送ってください。

子どもと教科書全国ネット21の声明
【声明】

近隣諸国条項を骨抜き・無効化し、政府による教科書統制を

極限まで強める文部科学省の検定基準改悪案に反対する

 

 2013年12月25日  子どもと教科書全国ネット21

 文部科学省教科用図書検定調査審議会検定審議会)は、2013年12月20日教科書検定基準の改定案などを了承した。改定案は、11月15日に下村博文文部科学大臣が発表した「教科書改革実行プラン」に基づくものであるが、「教科書改革実行プラン」は自民党教育再生実行本部の「中間取りまとめ」(2012年11月)及び教育再生実行本部・教科書検定の在り方特別部会の「中間まとめ」(2013年6月)の内容そのままである。政権政党とはいえ、一政党の意見をそのまま取り入れて検定基準を改定するのは文科省自民党の下請け機関化したことを示すものであり、自民党による教育への「不当な支配・介入」である。しかも、戦後の検定制度を大きく転換する重大な改定を、諮問からわずか1か月、たった2回の審議で決めたことも許しがたい暴挙である。

 検定基準改定案は、社会科(高校は地理歴史科と公民科)について、1)近現代史で通説がない事項はそれを明示し、児童生徒が誤解の恐れがある表現はしない、2)政府見解や確定判例がある事項はそれに基づく記述をする、3)未確定の時事的事項は特定の事柄を強調しすぎない、の3点を加えるとしている。さらに、新検定基準とは別に「審査要項」の「改定」で、全教科について、「教育基本法や学習指導要領の目標などに照らして重大な欠陥があれば検定不合格とする」を追加した。そして、「審査手続き」で、検定申請時に、教育基本法の趣旨を反映させた工夫点をより詳しく説明する書類を教科書発行者に提出させる、としている。

検定基準改定案は、教科書の内容を政府が隅々まで統制し、事実上の「国定教科書」づくりをめざすものである。さらに、歴史の事実を教科書から消し去り、歴史をわい曲する内容を教科書に書かせ、政府に批判的な内容は教科書から排除することをめざす重大な改悪案である。

文科省は、2014年1月中旬までパブリックコメントを実施し、1月中に新検定基準として告示し、例年より1か月だけ遅らせて5月から申請を受け付ける中学校教科書の検定から実施するとしている。

以下、この検定基準改定案の主な問題点を指摘する。

1.検定基準の改定案は歴史の事実を教科書から削除し、歴史のわい曲を正当化するものである

 自民党教育再生実行本部「中間取りまとめ」と教科書検定の在り方特別部会の「中間まとめ」、自民党衆議院選挙・参議院選挙の公約では、「多くの教科書が自虐史観で偏向している」と主張してきた。社会科の検定基準改定案がターゲットにしているのは、「自虐史観や偏向」した記述であり、対象にされているのは、南京大虐殺南京事件)や日本軍「慰安婦」、強制連行、植民地支配など日中15年戦争、アジア太平洋戦争時の日本の侵略・加害の記述である。そのことは、次の事実を見ただけでも明らかである。

 2013年9月に文部科学副大臣になった西川京子議員は、13年4月10日の衆議院予算委員会で、南京事件はなかったということは自分たち「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」(「教科書議連」)の調査で明らかになった、また、「慰安婦」は当時は合法だった売春の話であり政治的にも歴史学的にも決着していない問題である、それらを教科書に載せるのは「自虐史観」「偏向」だと主張した。また、安倍晋三首相は、野党議員時代の2012年4月10日、自民党文教部会と「教科書議連」の合同会議に出席し、「自分が総理のときに『いわゆる従軍慰安婦の強制連行はなかった』と国会で答弁した、何故それを無視して『慰安婦』を教科書に載せているのか」と文科省担当者を叱責した。

 こうした点から見れば、この検定基準は、「南京事件はなかった」や「『慰安婦』は売春婦」などというのも少数説として存在するから両論併記でそれも書け、ということである。さらに、新しい歴史教科書をつくる会(「つくる会」)の自由社版教科書や日本教育再生機構・「教科書改善の会」の育鵬社版教科書、日本会議明成社版『最新日本史』などは、検定申請時に「南京事件なかった」という趣旨のことを書いて、検定で修正させられてきたが、今後はその記述を認めるようにするということである。

 歴史の事実を教科書から削除し、歴史をわい曲する内容を教科書に書かせるものであり、明らかに近隣諸国条項に違反する。

2.検定基準改定案は「近隣諸国条項」を骨抜き・無効化するものである

 検定基準の「近隣諸国条項」(「近隣のアジア諸国との間の近現代の歴史的事象の扱いに国際理解と国際協調の見地から必要な配慮がされていること。」)は、近現代史について、日本と近隣アジア諸国との関係について国際理解と国際協調を深める立場で書くことを求める条項である。さらに、日本の侵略・加害について歴史的事実であれば検定で削除・修正を求めないという検定基準である。

 安倍首相や下村文科相をはじめ、自民党は「近隣諸国条項を見直す」と主張し、選挙公約にも掲げてきた。しかし、この条項は、1982年に文部省が教科書検定で日本の侵略戦争・加害の事実をわい曲していることがアジア諸国に知られ、中国・韓国をはじめアジア諸国から抗議され、外交問題になった。この時、宮沢喜一官房長官(当時)は、「アジアの近隣諸国との友好、親善を進める上でこれらの批判に十分耳を傾け、政府の責任において是正する」という談話(「宮沢談話」)をだし、外交問題に決着をつけた。そして、この談話に基づいて追加された検定基準が近隣諸国条項である。近隣諸国条項は日本政府のアジア諸国への国際公約であり、日本国民への公約でもある。

 下村文科相は、今回の検定基準改定では、「近隣諸国条項」の見直しはしていないと述べている。しかし、検定基準改定案は、この近隣諸国条項を骨抜き・無効化し、実質的に廃止するものである。

 安倍政権・自民党がこの近隣諸国条項の見直しを行おうとしていることに対して、アジア諸国、とりわけ韓国・中国からの批判があり、見直しを行えば外交問題に発展することは明らかである。そこで安倍政権は、見直しを先送りして、近隣諸国条項を骨抜き・無効化する検定基準を別に定めて、実質的な見直し(廃止)を行うものである。これは、明文改憲がすぐにはできないので、解釈改憲や国家安全保障基本法の制定などで、事実上9条改憲を行おうとしていることと同じ手法である。きわめて姑息で悪質なやり方であり、断じて許すわけにはいかない。

3.政府見解を書かせ、教科書を政府の広報誌に変え、事実上の「国定教科書化」をめざすものである

 検定基準改定案は、教科書に政府見解や最高裁判所判例に基づいて書くよう求め、教科書を政府の広報誌に変えようとしている。これは、領土問題について「固有の領土論」や「尖閣諸島は領土問題ではない」などの政府見解を書かせることをねらうものである。さらに、例えば、日本軍「慰安婦」について、第1次安倍政権は「慰安婦の強制連行はなかった」と閣議決定したので、これを教科書に書け、さらに、1965年の日韓基本条約で解決済みというのが政府見解であるから、これを教科書に書けということである。TTPや消費税、社会保障や労働法制などでも政府見解を書かされることになる。歴史・社会科だけではなく、原発ジェンダー平等教育、家庭科や国語の教材などで、政府の見解と異なるものは排除されることになりかねない。政権が変わるたびに教科書の内容が変わることになり、政府の見解がすべて正しいとは限らないのに、特定の見解を教科書に書かせて子どもたちに押しつけるのはもはや教育ではない。これは「教化」であり、子どもたちをマインドコントロールするものである。これは、事実上の「国定教科書」を狙うものである。

 旭川学力テスト事件の最高裁大法廷判決(1976年5月)は、「政党政治の下で多数決原理によってされる国政上の意思決定は、さまざまな政治的要因によって左右されるものであるから」、教育は「本来人間の内面的価値に関する文化的営みとして、党派的な政治的観念や利害によって支配されるべきでない」として、「子どもが自由かつ独立の人格として成長することを妨げるような国家的介入、例えば、誤った知識や一方的な観念を子どもに植えつけるような内容の教育を施すことを強制することは、憲法26条、13条の規定上からも許されない」と述べている。この検定基準案は、この最高裁判決にも違反するものであり、断じて許されないものである。

4.教育基本法愛国心条項で教科書を統制することは許されない

 全ての教科書について、「教育基本法や学習指導要領の目標などに照らして重大な欠陥があれば検定不合格とする」という「審査要項」追加は、教科書発行者を威嚇する究極の検定強化の制度である。下村文科相は、「重大な欠陥があれば、個々の内容を審査しないで不合格にする」と説明している。安倍政権が強行成立させた特定秘密保護法は「何が秘密かは秘密」という悪法であるが、この要項もそれと同じ構造である。何が「重大な欠陥か、それは秘密」として理由を明示されないまま不合格にされる。文科相文科省、政府・自民党が「自虐史観」「偏向」と見なせば、個々の内容の審査抜きで「重大な欠陥」として容易に不合格にできる「一発不合格制度」であり、教科書発行者に与える委縮効果は絶大であり、発行者はどこまでも「自己規制」して、政府の意図通りの教科書をつくることになる。

 検定申請時に、「教育基本法の趣旨を反映させた工夫点をより詳しく説明する」書類を教科書発行者に提出させる、というのは、教科書発行者に「愛国心教科書」「道徳教科書」作成を強制するためである。2009年3月に文科省が教科書発行者に出した「教科書の改善について(通知)」によって、教科書は教育基本法との「一致」が求められ、社会科だけでなく全ての教科書について、教育基本法第2条の「愛国心」「道徳心」「伝統文化」など5つの条項が教科書のどの記述、内容、教材と「一致」しているかを検定申請時に提出する編修趣意書に書くことが求められている。その結果、教科書の画一化が進み、教科書発行者は「愛国心教科書」「道徳心教科書」づくりを求められている。

 こうした事実があるにもかかわらず、あえてこのようなことを要求する意図は明白である。自民党と安倍政権は、日本の侵略・加害について、歴史の事実を書いた教科書を自虐史観、偏向だと攻撃し、そうした歴史の事実の記述をなくして教科書を「正常化」しなければ、愛国心が育たない、子どもが自国の歴史に誇りが持てない、などと主張している。教育基本法や学習指導要領を根拠に、不合格で脅して、教科書から歴史の事実を消し去ろうとするものであり、教育をゆがめるこのような動向は絶対に容認できないものである。

5.改定に向けた手続き上の問題点

 検定基準改定案は、パブリックコメントの募集を経て新検定基準として告示されるのは早くても1月下旬になる。まず対象となる中学校教科書は、2014年の検定申請(通常は4月、今年は5月)に向けて編集中であり、それも最終段階にある。この時期に検定基準を改定するというのは、試合が開始されてすでに終盤にさしかかったところでルールを変更することに等しい。新検定基準の告示後からでは間に合わないとして、すでに原稿の修正(自己規制)をはじめた発行者もあるという情報もある。教科書検定は、小学校、中学校、高等学校と年度を追って順次行われるので、通常、新検定制度の適用は小学校教科書検定前に、編集作業に十分間に合う時に行われてきた。今回、中学校教科書の検定からルールを変更するというのも異例のことである。このような拙速な改定を強行してまで教科書・教育への国家統制強化を急ぐことは許すことができない。

 以上のように、検定基準改定案は、近隣諸国条項を骨抜き・無効化し、教科書発行者を委縮させて自己規制を強制し、教科書の国家統制強化によって、政府の思い通りの教科書―事実上の「国定教科書」をめざすものである。それは、政権党と政府の見解と異なる見方・考え方を子どもの耳目から遮断し、国家の支配者の見解だけを子どもたちの頭脳に注入しようとするものであり、憲法が保障する思想・表現・学問の自由を侵害し、子どもの学習し成長発達する権利を侵害する重大な憲法違反である。これは、安倍政権が進める「教育再生」の名による教育破壊であり、憲法改悪と一体の「戦争する国」の人材づくりをめざすものであり、怒りをもって抗議すると共に、直ちに撤回することを要求するものである。

以上

           子どもと教科書全国ネット21

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