子どもや学校の実態を無視し、また上から(財界から)の提言 第11次教育再生実行会議提言 ←全教談話

【全教談話】

教育再生実行会議

「技術の進展に応じた教育の革新、新時代に対応した高等学校改革について」

(第十一次提言)について

2019年6月5日

全日本教職員組合

書記長 檀原毅也

 

 「教育再生実行会議」は、5月17日、「技術の進展に応じた教育の革新、新時代に対応した高等学校改革について」(第十一次提言)(以下、「提言」)を発表しました。

 「提言」は、「Society5.0と言われる超スマート社会」の到来を予想し、日本社会がAIやロボティクス、ビッグデータ、IoTなどの技術開発における研究開発や専門「人材」の育成・確保の面で大きく立ち遅れており、

「教育を通じて必要な資質・能力を育成していくことが大切」であるとして、「技術の進展に応じた教育の革新について」及び「新しい時代に対応した高等学校改革について」の2つのテーマを示しています。

 

これは4月17日に文科省が「新しい時代の初等中等教育の在り方について」を諮問し今後中教審で審議されることを踏まえ、4月3日に発表された経済同友会の提言も受け、国や財界の求める「人材」育成を官邸や経済産業省が主導していっそう推進しようとするものです。また、民間教育産業の公教育への参入をいっそう加速するものであり、教育の市場化をすすめるものです。また、「我が国は内外ともに危機的な状況にあり・・瀬戸際に立っている」と危機感をあおり、子どもたちの置かれている現状への分析もなく、子どもや学校の実態を無視するものです。

 

≪技術の進展に応じた教育の革新について≫

 

1.「提言」は、「ICT環境は新たな学びの基盤として不可欠なもの」であり、「『技術の進展に応じた教育の革新』を加速度的に進めていかなければならない」として、「プログラミングやデータサイエンスに関する教育、統計教育」のすべての児童生徒への「着実な実施」やSTEAM教育の推進等とともに、「教育課程の不断の見直し」や特定の教科の「教科書の弾力的見直し」を検討する等を求めています。

 

 また、何の検証もなく、子どもたちの成長・発達にとって「ICTが『マストアイテム』であり、ICTとともにある環境の中で子供たちをそだてていくことが必要」などと決めつけていますが、科学技術の発展にともない教育内容や指導方法を改善することは、国や財界が押しつけるものではなく、子どもの実態をふまえ、父母・保護者、地域、教職員、教育関係者等社会全体で議論されるべきことです。国が果たすべき役割は、一人ひとりの国民の教育への権利を保障するための条件整備であり、教育の内容や指導方法に口を出すべきことではありません。

 

  その上で、学校における情報機器を活用しておこなう教育については、ア)子どもの健康や発達段階との関連、イ)学習権や共同した学びが損なわれないこと、ウ)教員の専門性が保障されること、エ)個人情報の管理やビッグデータの蓄積等の問題、オ)保護者負担増や家庭・地域間の格差が生じないこと等の観点から検討する必要があります。

 

2.「提言」は、「教員の養成・採用・研修の強化」を求め、育成指標や教員研修計画、大学の教職課程に「ICT活用指導力の育成」を位置づけることや、「技術や情報の免許状所有者の採用の促進」等を押しつけています。

 

   教員研修計画や教員採用計画等は、地方教育行政の権限において実施されるものであり、国がそのあり方について言及することは、教育公務員特例法の主旨や地方自治の原則から逸脱するものです。また、大学の教職課程にまで言及することは、「学問の自由」にもとづく大学の自治を侵すものと言えます。

 

   背景には、安倍政権が、教員の自主的権限や国民への直接責任をないがしろにし、政権の求める教育を忠実に遂行するための教員づくりをすすめようとしていることがあります。国や財界が教員のあり方を規定し、教員の養成・採用・研修をおこなうものであり、教育への支配・統制をいっそう強化するものです。

 

 

3.「提言」は、「教育現場における先端技術の活用では民間企業等との連携・協働が非常に重要」であるとし、デジタル教材の開発や教育現場への供給の促進、人材供給の推進などを示しています。

 

   現在、「高校生のための学びの基礎診断」認定ツールや大学入学試験における民間検定試験の活用、特定民間業者による校内研修・教育委員会研修など、民間教育産業の公教育への参入がすすんでいます。民間企業等との連携・協働の名の下に公教育への参入をすすめることは、教育の機会均等や質の保障、教員の専門性の尊重、特定企業への学習データの集積や管理等の多くの問題があるとともに、業務の民間委託をいっそうすすめ、教育を市場化し営利の対象にする危険性があります。

 

≪新しい時代に対応した高等学校改革について≫

 

1.「高大接続改革」や学習指導要領改訂に引き続き教育再生実行会議第十一次提言を出した一連の流れから、安倍政権が経済最優先の国づくりをすすめるために高校教育を“本気”で「改革」しようとしているとみることができます。「21世紀出生児縦断調査」(文科・厚労省)に加えてベネッセの調査結果を利用して、高校生の「学校生活への満足度」や「学校外での勉強時間」が中学段階と比較して低下していることを強調し、「改革」の必要性を印象づけようとしています。

 

2.学校教育法は、高校の目標を「義務教育として行われる普通教育の成果を更に発展拡充させて、豊かな人間性、創造性及び健やかな身体を養い、国家及び社会の形成者として必要な資質を養うこと」とし、さらに「個性の確立」や「社会について、広く深い理解と健全な批判力」を養うとしています。提言はこうした観点からではなく、普通科には「生徒の能力や興味・関心等を踏まえた学びの提供という観点で課題」があり「一斉的・画一的な学びは生徒の学習意欲にも悪影響を及ぼす」とし、専門学科には「社会や産業界の変化に応じた最新の教育を実現するための教育環境に課題がある」と、これまで高校教育が積み上げてきた学びを否定しようとしています。

 

     その上で、普通科の再編成を企図し、①自らのキャリアをデザインする力の育成重視、②グローバルに活躍し国内外の課題に対応するリーダー育成重視、③科学・技術分野でのイノベーター育成重視、④地域課題解決等の探究重視、などの類型を例示しています。また、「大学入学者選抜等を過度に重視した文系・理系に分断されたコースの開設等は、・・・望ましい在り方とは言い難い」と踏み込みながら、大学入試が象徴する競争主義教育のあり方を見直す方向には展開しません。「文系・理系のバランスがとれた科目履修が行われるよう、教育課程を見直すこと」などと、国や財界・大企業が求める「グローバル人材」育成目的の教育課程編成を高校に強要するものとなっています。

 

   提言が前半で必要以上にSociety5.0を強調し、グローバル競争に勝ち抜くには「教育の革新」が不可欠と断定していることをみても、後半の高校教育「改革」が経済最優先の「人材」育成をすすめるものであり、「教育再生」とは教育の条理とかけ離れたもので、教育を経済再生に利用するものであることは明らかです。

 

3.「グローバル化の進展や絶え間ない技術革新等により、社会が急速に変化する中」で学習指導要領改訂が変化に対応できないため、教科書や教材だけでなく教育課程まで一定の期間をおかずに変更することを可能とし、“社会の変化に対応する”という名目で財界・大企業の求めに応じた教育内容が容易に持ち込まれる危険性を増大させています。さらに、教育課程の見直しや多様な実態に応じた編成、授業時間の見直しなどを国主導ですすめ、各学校の教育課程編成権を侵すねらいを明らかにしています。その結果、目の前の高校生の実態を受け止め、高校生が「豊かな人間性」や「個性の確立」、「社会への批判力」等を身につけるように粘り強くおこなってきた高校教育を大きく歪め、高校が生徒をいっそう競争に駆り立て分断と差別を広げる場にされようとしています。

 

4.「特別な配慮が必要な生徒への対応」として「能力を引き出していく」とありますが、国の求める「資質・能力」を子どもたちに押しつける改訂学習指導要領と同じように、目の前の子どもたちに寄り添う姿勢を示していない点が問題です。「誰一人として置き去りにしない教育を実現していくことが重要」としながら、特別支援学校の過大過密解消や特別支援学級の学級定員引き下げなどの教育条件整備にまったく触れていない点も実態を見ていない証左であり、額面通りに受け止めることはできません。

 

5.定時制通信制課程については、「時代の変化・役割の変化に対応することが求められます」と新たな可能性を示唆しつつ、具体性に欠ける観念的な提言となっています。さらに、「通信制課程の質の確保・向上のための方策」として「高校生のための学びの基礎診断」活用を促すなど、結局「学力」偏重の教育を求めるものとなっています。定通教育が「多様な背景を持つ生徒の受け皿となっている」実態に見合う教育条件整備についてまったく触れていない点も問題です。

 

6.「中高・高大の接続」では、中学校・高校での「キャリア教育」を強化し「多様な進路選択の実態を考慮」するとしながら、高校の就職ルールである「一人一社制」について「よりよいルールとなるよう検討を進める」としています。長い時間かけて高校・企業・行政がつくり上げた就職の仕組みを、経済界が必要とする「人材」採用に不都合だという理由で、一方的に就職ルールを変えようとするのはあまりにも乱暴なやり方です。

 

7.提言全体が「校長のリーダーシップ」を強調している点も問題です。「改革」をすすめる上で「校長の役割は特に大きい」とし、校長は「改革の第一人者」であり、教職員の意欲を引き出し「組織が一丸」となることに「リーダーシップを最大限発揮」するものとしています。これでは教職員の協力共同による学校づくりは否定され、上意下達の「学校経営」がいっそう強く押しつけられることになります。地方自治体に対して「校長が特色ある教育活動を積極的に推進している場合には、その在職期間の長期化を図る」と、人事異動のあり方まで指図するなど行き過ぎた提言であり、とても受け入れることができないものとなっています。

 

8.提言は、「高等学校改革に大胆に取り組むことは、我が国の人材育成において大きな意義のあること」と大言壮語し国民を煽ろうとしていますが、同時に「各学校における改革の取組が一時の機運の高まりで終わること」を不安視していることも明らかです。そのため、「教師の意識改革」や「人事配置」、「地域の関係者等の学校運営への参画」など、教育の中身や条件整備とは無関係の管理・統制・圧力など、権力を振りかざして「改革」を押しつけようとしているのです。

 

    この提言に基づいた高校教育「改革」が具体化するならば、高校特色化どころではなく高校段階の普通教育を否定することにつながります。こうした激変は高校だけでなく小・中学校にも大きな影響を及ぼし、高校生をはじめ多くの子どもたちに今以上に過酷で息苦しい社会の中で生きることを強いることになります。

 

 教育の課題は、子どもたちがよりよい社会をつくる上で必要な力を自らの意志で選択し獲得するための知識・技能を身につけるためにどのような内容とすべきか、教職員や父母・保護者、地域住民、教育行政が協議して解決すべきものです。国が権力を振りかざし、力づくで変えるものではありません。

 

    全教は全国の教職員や父母・保護者、地域住民と協力共同を広げ、提言に基づいた「改革」の具体化に反対し、 子どもたちの瞳が生き生きと輝く参加と共同の学校づくりに全力をあげてとりくみます。

                                                                                          以   上